池川明先生との対談 と ばーばのこと。

書籍・雑誌・web

去年の夏に一緒にトークショーをさせていただいた池川明先生のwebサイトに
池川先生との対談内容が掲載されました(*^^*)


この内容はみなさんの前でお話したものとは別に池川先生と2人で語ったものなので、トークショーの内容が載っているわけではありませんが

こちらも楽しんで読んでもらえたら嬉しいです(*^^*)


池川明ドットコム


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↑私、怪しい。笑



誤解して欲しくないのは
母もずっと一生懸命私のことを愛していてくれていたのだということ。

本来の母はとても愛情深い人で
父も母も子どものことを否定するような人では全くありません。


この母との話は1冊目の書籍の中で少し触れていますが
辛くて息を押し殺していたようなあの当時、母も辛い目に遭い
それを私も知っていたからこそ  そんな母に「助けて」と言えずに

子どもなりに母を助けたくて我慢し続けてしまったのですが


でも  やっぱり  本心では気付いて欲しかったんですよね。。。

自分のことをちゃんと見ていて欲しかったんだと思います。


不安定なこころのまま妹や弟が生まれ  
母の愛情が更に自分から離れた気がして  更に気持ちを拗らせました。


当時の子どもの自分は無意識でしたが
色んなことをして母を困らせていました。
きっと  子どもがするとされる問題行動の大半はしてきたのではないかと思います。


今となればそれら全てが
言葉にならない「助けて」のサインであったことは  自分でも分かります。


そして  私がどうしてそんなことをしたのか  ではなく
悪いことをした結果だけを母に咎められ
母が悲しそうだったことが

私はとても悲しかったのだと思います。


そして子どもの頃のこの思いは私の人生で長らく続きました。





この対談では「おばあちゃん」と紹介しましたが
正確には「祖父のいとこ」に当たる人です。


私は「○○(名前)ばーば」と呼んでいました。


祖母の代わりに  私の父を  実質的に育てた人でもあります。

だから父にとっても、このばーばは特別な存在であったと思います。



私にとって  とてもとても大切な人なのに
自分の結婚式の時

「祖父のいとこ」に適する続柄名称がなく、席次表の続柄に「親戚」としか書けなかったことがとても歯がゆかったです。



最近  自分の生き方や自分の考えを振り返る機会があったのですが

考えれば考えるほど

ばーばの存在が私の人生の中でとてつもなく大きな存在であったことを改めて感じたのです。



私が小学校4年生の時に引越し、転校するまで  近所に住んでいたばーばは

毎日我が家に私を迎えに来てくれ一緒に登下校に付き添ってくれました。



当時  私が通っていた小学校は集団登校ではなく個人個人で学校へ行くもので

私が毎日ばーばに連れられて小学校へ登校していることを

「○○ちゃんはもう小学生なのに
1人で登校出来ないなんて恥ずかしいね」

と言う先生もいました。


おばあちゃんと一緒にいることを
お友だちにからかわれたこともありました。


私がばーばに「来なくていいよ」と言えば
ばーばはきっと一緒に登下校することは止めたでしょう。


でも  それでも私はばーばに

「もう一緒に来なくていいよ」

と  言おうとは思いませんでした。



朝  私の登校の時間に迎えに来て
玄関で私を待っていてくれるその姿に

登下校の間  ずっと握っていたその手のひらに

学校が終わったら  校門の外で私が校舎から出てくるのを  にっこり笑って待っていてくれる姿に


「○○ちゃんがいてくれて
ばーばは毎日楽しませてもらってるよ」

と言ってくれる  ばーばの言葉に


私は  欲しかったものを見出していたように思います。



私から一緒に登下校して、と頼んだのか
私の寂しさに気付いてくれたばーばが申し出てくれたのかは
今となってはもう覚えていませんが

私が1人で登校できるようになり
お友だちと帰れるようになった小学2年生くらいまで  毎日付き添っていてくれました。



私が癇癪を起こして泣き喚いていても

「あら  ○○(私の本名)ちゃん
あなたは泣いていても  とってもきれいな声ね」

と  目の前でずっと泣き止むのを待っていてくれました。


私が描いたばーばの絵を(今も)ずっと部屋に飾っていて

「これね、ばーばのたからものなの」

と言ってくれました。




結婚もせず(これにも理由がありましたが)子どもがいなかったばーばは

毎週末  泊まりに来て  ばーばのことを「おかあさん」と呼ぶ私のことを

嬉しそうに  目尻のしわを更に深くして

ただ  ただ  微笑んで抱っこしてくれました。





そんな  ばーばはもう90歳。



私たち家族が引越した後も
家族ぐるみで密なやり取りをしてきたばーばだけれど


私は  ちゃんと伝えたかな

私は  ちゃんと伝えてきたのかな


そう思ったら  とてもじゃないけれど
今まで私がばーばに送った手紙や
ばーばの誕生日に贈ったプレゼント
私の今までの態度からでは伝え切れていない気がして

すぐに電話をかけました。



そして伝えました。

「私が小さい時  そばにいてくれてありがとう。

毎日  一緒に学校へ行ってくれたこと  かばってくれたこと  本当に嬉しかった。

今の私があるのは  ばーばのおかげだよ。

ばーばはずっと私の大事な人だよ。

本当にありがとう。」

と。



そしたら  


「いいのよ

私こそ  ○○ちゃんがいてくれて  たくさん楽しませてもらったもの」


と  昔と変わらないばーばの優しい声の向こう側で  微笑んでいるばーばの顔が浮かんで

  涙が止まりませんでした。





私のその後の人生でも

それなりに色んなことが起こりましたが

それでも  今の私があるのは


やっぱり  あの時  
「私はここにいていいんだ」と実感できるばーばの存在があったからな気がします。



そして

思ったことは  その時にちゃんと伝えていこう  と改めて思いました。


伝わってるだろう、じゃなくて。

伝えるのです。



ありがとう  も
ごめんね  も
大好きだよ  も。


後悔しないように。

ちゃんと  間違わずに伝わるように。



あなたのその一言が

誰かの生きるチカラになったり

誰かの人生を支えるものになることもあるのですから。



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LICO

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