私は、あいさつが好きです。
今も、近所の人や、子どもの送り迎えですれ違う保護者の方にあいさつをする時には、笑顔と元気を意識してあいさつするようにしています。
思えば、昔から、あいさつが好きでした。
「おはようございます」
「こんにちは」
小学生の頃、通学路で近所の人にあいさつをすると、みんなが笑顔になって
更に笑顔であいさつを返してもらえたりなんかすると、自分の心のパワーゲージが増える感覚になったことを覚えています。
昔から、褒められると豆苗みたいに単純に伸びるタチだったので
母から
「◯◯さんが、愛子の挨拶が元気でいいってほめてたよ」と聞いた日には、
心の豆苗はキラキラと天まで育ち
次の日には、◯◯さんを見つけ出して
更に元気よく手を振ってあいさつをしていたことを思い出します。
そんな私は今でも
子どもたちやパパとの間でするあいさつも大切にしていますが
あいさつって、単なる「礼儀」ではなく
「あなたに会えて嬉しい」を伝えることができるものだと思っています。
あいさつしてもらえると、それだけで
「自分がここにいることを認めてもらえる感覚」が生まれます。
おはよう、も
おかえり、も
おやすみ、も
相手の存在を認識しているから出てくる反応・言葉です。
あなたは、ここにいる。と。
これらは、
何かできたから
何か立派だから
自分が認めてもらえたわけではなく
「ただ、ここにいる【自分への肯定】をもらえる感覚」を育てることができます。
だから
あいさつは
そこに安心安全と信頼関係を育む、全肯定のサインなのです。

親族に自分の存在を無視され、反応してもらえず
子どもながらに自分が透明になったことへの言語化できない恐怖を抱えた経験もあるからこそ
あなたがここにいる
あなたに会えて嬉しい
その薄膜の積み重ねのひとつひとつを、
子どもたちには残したいと願っています。

