学校に行きたくない子どもにイライラした話

わたくしごと


ちょっと話が前後しまくりますが、過去に残していた下書き記事が見つかったので投稿します。

この記事は7月16日のことを振り返りながら9月頭頃に書いたものです。

LICO

LICO

それでは参りましょ〜♪


この時。

LICO『7月16日 学校をやめたいおーちゃんの不安を探る③文章読解』

この時ですよ。。。





おーちゃんは結局、何が1番不安なんだろう。

何が1番嫌なんだろう。。。



と、色んなことを、色んな角度からおーちゃんに聞いてみたときに

ひょっこりとイライラしてしまった自分が顔を出してきたので、そのことを包み隠さずここに書き残しておきたいと思います。笑





私がこの日イライラしている自分を自覚したとき。



それは

おーちゃんの不安の原因が

聞けども聞けどもハッキリしなかった時。



この時は何か大きな理由があるはずと思っていたので。。。



何か不安があるなら、それを取り除けば少しは気持ちが前向きになれるんじゃないかと思っていた私にとって

「大きな理由が特にない」という状況が、どこからどうサポートしていけばいいのか分からなくて、着地点が見えず、気持ちの持ちように困惑しました。。。




そして、この日イライラを感じたもう1点は

聞けども聞けども、おーちゃんから前向きなリアクションがもらえなかった時。



数日学校を休んだのち、どんなに色んな提案をしてみても

朝になると頑なに椅子の上で液体化、スライム化しているおーちゃん。





そのおーちゃんと話をする中でイライラしちゃう自分を目の当たりにして感じたこと。



それは



あぁ。。。


私は本心では学校に行ってくれることを望んでるんだなぁ

ということ。





そう。

おーちゃんが「学校に行く」という選択をすることを無意識に期待している自分がいたんです。 





私は色んな提案をしたけれど

その提案のどれもが

「おーちゃんの不安をなるべく小さくすることができれば、おーちゃんの学校に行きたくない気持ちが少しは和らぐんじゃないか」

という願いから出てきたもの。



だからこそ

「うん、学校に行ってみる。」とおーちゃんが答えてくれることを暗に期待して話をしていて



その期待を真っ向から却下してくるおーちゃんの断固たる「NO」のサインに

私は、心底焦っていたんだと思います。





『学校に元気に行ってくれたら、安心する。』

『学校に元気に通えることは、いいことだ。』

そんな価値観が私の中にあるんだなぁ。。。



と、自分の子どもが登校を渋るようになったことで初めてリアルな実感としてこれまで作られてきた自分の中の「べき」と対峙しているような気分になりました。





これが

私が産後で寝不足&ホルモン乱雑パーティーだったからなのかどうなのか。。。今となっては分からんけれど、でもこの時は本当にイライラしてしまいました!!

し、しんどかった。。。あぃや〜( ;∀;)泣



LICO

LICO

しんどかったけど、やりとりの最中に「あ、私だんだんイライラしてきてる。。。」と明らかに自覚できたのでとにかく自分を客観的に捉えながら言葉を選ぶようにしました。

LICO

LICO

自分を客観的に捉えながら言葉を選ぶために私が気をつけてるのは、その場の勢いで言葉を吐き出さないこと。

口でしゃべるんじゃなくて脳みそで咀嚼してしゃべる感じ。

これはもう自分はこうありたいっていう子どもに対する決意の強さからきているのかなと感じていて

「それを言ったら後悔しない?」

「後でなんであんなこと言っちゃったんだろうって悲しくならない?」

と、私の中の【私の軸】を死守してる私(おそらくママちゃん育児法を確立する原動力になった子どもの頃の自分だと思う)が脳みその右斜め後ろから問いかけてくるような感覚です。

私はこれがいつも無意識に作動するので、子どもに対しての失言とかは多分少ないほうだと思います。

LICO

LICO

あと、どうやったら冷静に対応できるの?と聞かれることがあるんですが、イライラって放っておくと加速度的に増していくので、一旦その場やその話題から離れることが1番有効。スパッと。

吸い込む空気が変わるとギザギザした気分も落ち着いてくるから、可能ならちょっと外にお散歩にいくといいですよ。

例えば

「何のために学校に行くの?」

「何で家で自分一人で自分の好きなように勉強しちゃダメなの?」

と子どもに聞かれて、



例えば

「学校でみんなと一緒に学ぶことで得られるものもあるんだよ」

などと答えたところで



確かにその通りなんだけど、その重要さは学校に楽しさを見いだせていない今のおーちゃんには全く響かない理由でしかなかったし



本当にその道しかないのかと言われたら、正直そんなことないことも大人になった私は知っている。



LICO

LICO

最終的には人は独りでは心身健全に生きていけないし、独りで生きなくていいので、どんな形でもいいから社会とのつながりを絶やさないことは大切なこと。

でもその感覚はおーちゃんが自分でたくさんの経験をしながら気づいていってくれたら嬉しい。


色んな道がある。

色んな選択肢がある。



でも、今の日本でそう気軽に、それこそ、自分に似合う髪型にイメチェンするくらい楽しくポジティブに他の道を選ぶことは容易くはない。



だからこそ、「特に大きな理由はないけれど学校に行きたくない」と言うおーちゃんが納得できるだけの理由や言葉を自分が持っていないことに

私はひたすら歯がゆくて、不安で、焦っていたのだと思います。



あぁ。。。

なんかこれって、この時に似てる。(´;ω;`)



なぜ見送りで泣かれるとママも辛いのか、のやつだ。

LICO『1週間を終えて。〜なんで見送りで泣かれるとママも辛いのか〜』





おーちゃんの持つ繊細な部分が集団生活をするのが難しいほどのものであるなら

こうして学校に毎日行く事はただただおーちゃんにとってしんどいことなんじゃないか。



それとも、ただ単に気持ちの切り替えがまだ上手くできずに、学校への安心材料が足りず、「大丈夫のコイン」が足りないだけなのであれば

それは時間と、経験と、少しの自信が付くことで学校の中でゆっくりゆっくり解決できること。



おーちゃんの訴えるしんどさの理由が分からないからこそ、途中、これでいいのだろうか、この対応がおーちゃんにとって本当にベストなのだろうかと悩みました。





。。。でも、まぁなんやかんやと、おーちゃんが学校に行きたくないと言い出してから夏休みも挟んでそろそろ2ヶ月。



今、おーちゃんは2時間目から登校し、お友だちのいる教室で、給食もみんなと一緒に食べて、早退することなく過ごしています。



嫌いと言っていた体育を「めっちゃ楽しかった!」と言って帰ってきたり



得意の算数の授業では、手をあげて発表したり、日直の日にはみんなの前で大きな声でスピーチもできたようで、先生からそのことを報告する手紙をもらった時は、おーちゃんの気持ちが少しずつ落ち着いてきていることを感じて

嬉しくて、嬉しくて、おーちゃんを抱きしめてたくさんほめました。





学校にいきたくないというおーちゃんと話をする中で

私はイライラしてしまったけれど



イライラしたのは

おーちゃんにじゃなくて

おーちゃんの行動によって自分の中の価値観を揺さぶられたから。





私の中に、もっと力を抜いていい場所があるということを

おーちゃんが今回のことを通して教えてくれてるんだろうな。





これから出会うかもしれない誰かに、

そして 私自身に、私がもっともっと優しくなれる種を

おーちゃんは渡してくれてるんだろうな。



今、7月から始まったおーちゃんとのたくさんのやり取りを振り返って そう感じています。










おーちゃんが学校で育てたミニトマト。

夏休み中は家に持ち帰りお世話をして、赤くなったのでみんなで食べた〜♡



「すっぱ!!」

と、驚いていた子どもたち。笑



「でも自分で作ったトマトだから美味しいや♡」

と言っていたおーちゃん。





「おれの家族と同じ数だ(*^^*)

ちっちゃなヘタの付いてる子はタロさんね!」



だそうな。(*^^*)



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